第11回定期演奏会《ドイツプロテスタント教会のモテット集》1997.12.6  ノバホール

【演奏者】
指揮 鈴木優 / オルガン 渡部聡 / 合唱 つくば古典音楽合唱団


【プログラムと演奏録音】
G. Frescobaldi (1583-1643) フレスコバルディ
Orgel: Toccata prima (Libro I) トッカータ第1番 11-01.mp3:5.9MB
A. Hammerschmidt (1611-1675 ) ハンマーシュミット
O barmherziger Vater おお、慈悲深き父よ 11-02.mp3:3.6MB
G. A. Homilius (1714-1785) ホミーリウス
Unser Vater in dem Himmel 主の祈り 11-03.mp3:4.3MB
G. Frescobaldi (1583-1643) フレスコバルディ
Orgel: Partita sopra passacagli (Libro I) パッサカリア 11-04.mp3:2.9MB
H. Schuetz (1585-1672) シュッツ
Geistliche Chormusik 『教会合唱曲集』より
Herr, auf dich traue dich SWV 377 主よ、私はあなたを信頼します 11-05.mp3:3.1MB
Die mit Traenen saeen SWV 378 涙をもって種蒔く者は 11-06.mp3:3.5MB
Verleih uns Frieden gnaediglich
SWV 372
私たちに平安をお恵みください 11-07.mp3:2.5MB
J. J. Froberger (1616-1667) フローベルガー
Orgel: Toccata XIII トッカータ第13番 11-08.mp3:2.8MB
J. S. Bach (1685-1750) バッハ
Der Geist hilft unser Schwachheit auf,
BWV 226
御霊は我らの弱きを助けたもう 11-09.mp3:8.3MB
-休憩-
J. K. Kerll (1627-1693) ケルル
Orgel: Toccata quarta トッカータ第4番 11-10.mp3:6.3MB
F. Mendelssohn Bartholdy (1809-1847) メンデルスゾーン
Jauchzet dem Herrn alle Welt 全地よ、主を歓喜せよ 11-11.mp3:4.4MB
Denn er hat seinen Engeln befohlen なぜなら彼は天使たちに命じて 11-12.mp3:3.3MB
G.Muffat (1653-174) ムッファト
Orgel: Ciacona チャコーナ 11-13.mp3:3.2MB
J. Brahms (1833-1897) ブラームス
Warum ist das Licht gegeben op.74-1 何ゆえに光が与えられたのか 11-14.mp3:8.6MB

Encore: J. Brahms, Abschied (Ich fardahin) 11-15.mp3:4.0MB
Encore: J. S. Bach, Der Geist hilft unser Schwachheit auf, BWV 226 11_16.mp3:4.6MB


【プログラムノート】
《合唱曲》 鈴木 優

本日お聴きいただく合唱曲は、17世紀から19世紀にわたる3世紀間のドイツの作曲家によるプロテスタント教会の宗教合唱曲です。

*  *  *

1517年にマルティン・ルター(1483-1546)は、当時のカトリック教会の免罪符(正式には、贖猶状。教会が金銭によって売り出す、「罪の赦し」を保証するお札)をはじめとする腐敗に対し、「95カ条」の意見書をヴィッテンベルクの教会の扉に貼り出します。この一件を機にルターによる宗教改革が進み、新しいキリスト教会の一派が生まれることとなります。その新しい一派をプロテスタント教会、あるいはルター派教会と呼びます。

プロテスタントには「抵抗する」といった意味がありますね。ルターの改革の中で、教会音楽に与えた大きな変化は、ドイツ語の歌詞で一般の会衆が自ら歌える讃美歌(コラール)を制定したことです。 1524年には、すでに最初の讃美歌集「ヴィッテンベルク聖歌集」が出版されています。ルターは聖書をドイツ語訳することで、一般の信者がその内容を直接に理解できるようにしました。そして音楽の面でも、会衆はそれまでの専門の聖歌隊のみによって歌われるラテン語の音楽を受動的に、ただ聴くという立場から、自らの言葉、自らの声によって歌うという能動的な立場となりました。

ルターの宗教改革は革新的な部分がクローズ・アップされて受け取られる傾向にありますが、実際にはそれまでのカトリックの伝統も尊重されていることも重視するべきでしょう。ルターの死後、かなり後でも、その礼拝はドイツ語とラテン語の両方を部分によって用いていました。また新しく制定された讃美歌も、新たに作曲されたもの(ルター自身も作曲をしました)、民謡などに宗数的な歌詞を付けたものなどと並んでグレゴリオ聖歌にドイツ語の歌詞を付けたものも重要な位置をしめることとなります。

このようにして、宗教改革は、真のドイツ的音楽の発展の契機となり、その讃美歌(コラール)は、その後の音楽家たちに豊かな音楽的素材を提供することとなります。

*  *  *

アンドレアス・ハンマーシュミットは、1611年にボヘミア地方のブリックスに生まれ、1675年にザクセン地方のツィッタウで没した17世紀中期を代表する教会音楽の作曲家です。

"O barmherziger Vater" は、心からの悔悛、そして主なる父にあわれみを乞うといった内容のモテットです。

16世紀までにフランドルやイタリアで極限までに発展したポリフォニー(各声部が独立して旋律を紡いでいきながら進行する音楽のスタイルです。カノンやフーガを御想像下さい)の技法で作曲されています。その旋律線はイタリアのパレストリーナなどの音楽に比べますと、ドイツ語自体の持つアクセントや、その内在される旋律線の影響によりやや角ばったものになっています。

まだIch armer Sünder komm zu dir'(あわれな罪人である私は、あなたのもとに行く)の部分での半音階の使用、'Erbarme dich meiner '(私をあわれんでください)の部分での言葉の反復、'Ich bitte dich' (お願いします)での下降する六度音程の使用などは、17世紀バロック音楽に特有の語法と言えるでしょう。

*  *  *

ゴットフリート・ホミーリウスは1714年にザクセン地方のローゼンタールで生まれ、1785年にドレスデンで没しています。ホミーリウスは、1735年にライプツィヒの大学に入学し法律を学びますが、同時にこの時期にバッハに作曲と鍵盤楽器の演奏を師事しました。そして1755年には、ドレスデン十字架教会のカントール(教会の音楽的責任者、聖歌隊の指導やラテン語学校で教えることなど多忙な役職)に就任します。

"Unser Vater in dem Himmel" は、マタイ伝6章9 -13の「主の祈り」です。弟子たちから「どのように祈れば良いのでしょう」とたずれられたイエスが、自ら示した祈りです。

今日でもプロテスタント、カトリックにかかわらず世界中の教会が、その礼拝のたびに必ず唱えるものです。当合唱団でも、第9回演奏会で、ヴェルディ作曲によるイタリア語の「主の祈り」を演奏いたしました。

ホミーリウスによる作曲では、18世紀の音楽らしくホモフォニー(各声部が同時に動き、和音の流れの形成を重視しながら進行するタイプの音楽)の部分が優勢ですが、終結部は力強いフーガとなっています。また、中間部の'Und vergib unsunsre Schulden' (私たちの罪をお許し下さい)では不協和音や半音階を用いた和音の響きが、とても印象的です。

*  *  *

ハインリッヒ・シュッツこそは、ドイツ音楽史上、ついに現れた最初の偉大な作曲家です。

シュッツは1585年、ライプツィヒの南にあるテューリンゲン丘陵地帯のケストリッツという村に生まれます。少年時代は美しいソプラノの声を持っており、それを聞いた君主のモーリッツ辺境伯の下、カッセルで教育を受けつつ、聖歌隊で活躍します。そして、1609年には辺境伯の援助により、イタリアのヴェネツィアに留学し当地でジョヴァンニ・ガブリエリに師事します。当時、ドイツは音楽的には周辺国に比べ、後進国であり、有能な人材は主にイタリアヘ修業に送り出されました。

3年間の留学の後、シュッツはドレスデンのザクセン選挙侯の礼拝堂楽長となり、87才で亡くなる1672年まで、半世紀以上にわたり当地での活動を続けました。 本日演奏いたします3曲のモテットは1648年にライプツィヒ市議会に献呈された、29曲から成る「ガイストリッヒェ・コーアムジーク」中の曲です。 シュッツは、イタリアで当時の進んだ音楽技術を学びました。第2回目のヴェネツィア訪問ではモンテヴェルディからも学んでいます。しかしシュッツはこの曲集では、古い技法である厳格なポリフォニーを指向しています。ここでは分析的なことよりも、これらの曲がドイツの歴史上大きな悲劇である三十年戦争(1618-1648)の時期に作曲されたということを是非心に留めていただきたく思います。

この戦争によってドイツの人口の3分の1が失われたとも言われています。シュッツの活動の拠点である宮廷楽団も大幅に規模が縮小され解散寸前にまで追いこまれます。シュッツ自身の知人、友人にも戦争の犠牲となった者もいたでしょう。そういった状況の中での、"Herr, auf dich traue ich"(主よ、あなたを信頼します)、"Die mit tränen säen "(涙をもって種蒔く者は)、"Verleih unsFrieden "(私たちに平安を与えて下さい)といった聖句に託した、心からの訴えに耳を傾けていただきたいと思います。

*  *  *

シュッツが生まれた年からちょうど100年後の1685年、中部ドイツの小都市アイゼナッハにヨハン・セバスティアン・バッハが生まれます。

バッハの家系は代々音楽家が多く、教会のオルガニスト、カントール、あるいは町楽師といった職業音楽家として活躍した者が多くありました。ヨハン・セバスティアンの父、アンブロジウスも町楽師であったと想像されます。バッハはアルンシュタット、ミュールハウゼンでオルガニストを勤めた後、ヴァイマール、そしてケーテンの宮廷に就職し、その後1723年ライプツィヒ・トーマス教会のカントールに就任します。そして65才で亡くなる1750年まで、ずっとライプツィヒで生活することになります。

このようにバッハの職歴や旅行の記録を見ますと、その行動範囲は現在のドイツの北東部の狭い地域に限られています。 100年前に生まれたシュッツがヴェネツィアやデンマークを訪れたり、また同年生まれのヘンデルがロンドンで活動したりしたのとは対照的です。

バッハがトマス・カントールに就任する際、ライプツィヒの参事会は本来テレマンを望みましたが、断わられたため「最良の人が得られなければ、中くらいの者でも採用しなければならない」といった意見も出たといわれています。またバッハの方でも前職の宮廷楽長より地位が下がるので、あまり気が進まなかったようです。

数多くの衝突や困難もありましたが、バッハは勤勉に職務を果たしたようです。毎日曜日の礼拝のためのカンタータは今日約200曲が残っていますが、バッハは5年分のカンタータのストックを持っていたといわれていますので、その生涯に300曲は作曲したことでしょう。

モテットDer Geist hilft unser Schwachheit auf " は1729年10月24日に行われたトマス学校長J.H.エルネスティの葬儀で歌われました。

曲の冒頭は2つの四声部合唱が、かけ合う二重合唱で'Geist '(霊)という言葉が、肉体から解き放たれたかのように軽やかなメリスマで歌われます。この部分はやがて実質五声部のフーガに移行し、更にやや古風な四声部のフーガが続き、最後は、コラールの四声体で締めくくられます。全曲を通じてテキストの論理的なつながりが音化されていく様が実に見事です。

*  *  *

プログラムの後半ではロマン派の作品をお聴きいただきます。

フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディは1809年ハンブルクに生まれます。祖父はユダヤ人として初めてドイツ語で論文を書いたといわれる啓蒙哲学者モーゼス・メンデルスソーン。そして父はベルリンの銀行家であり、ユダヤ教からプロテスタントに改宗しました。

このように、文化的にも経済的にも恵まれた環境にあったメンデルスソーンは、いわゆる神童であり、幼少の頃からその音楽的才能を発揮しました。作品番号1として出版されたピアノ四重奏曲第1番は、12才の時の作品です。これら10代前半の室内楽作品はとても美しい曲ですので、是非御一聴をおすすめいたします。

メンデルスソーンは早くから宗教音楽にも強い関心を持ち、10才の時にベルリン・ジングアカデミーに入団し、バッハ、ヘンデル、パレストリーナといった音楽の演奏に参加しました。

1829年には長く忘れられていたバッハのマタイ受難曲を、初演から100年後にベルリンで自らの指揮で再演しました。また作曲活動の上でも、「聖パウロ」「エリア」という大きなオラトリオをはじめ、沢山の合唱曲を残しています。

"Jauchzet dem Herrn alle Welt" は詩篇第100番、"Denn er hat seinenEngeln befohlen " は第91番と、どちらも旧約聖書の詩篇をテキストとしています。2曲ともホモフォニックなスタイルの曲ですが、美しい和音による合唱の響きを究極まで追求したものと言えるでしょう。メンデルスソーンの音楽を深みに欠けるとする論調はしばしば耳にするところですが、この2曲はすでに十二分にメンデルスソーンの天才の証明であると思います。

メンデルスソーンは1847年にライプツィヒで、その短い生涯を閉じています。今年が没後150年であることを付記いたします。

*  *  *

ヨハネス・ブラームスは1833年ハンブルクに生まれ、1897年にヴィーンで亡くなりました。今年は没後100年の記念すべき年となります。

ブラームスは、その才能をシューマンによって見出され、世に知られていきます。19世紀後半には急進派のヴァーグナー派に対抗する保守派の代表とされますが、そういった論争に直接ブラームスがかかわることはありませんでした。

その創作は民謡の編曲から交響曲まで、オペラ以外のすべての分野に及びました。また合唱音楽とのかかわりとしては、自らデトモルト、ハンブルク、ヴィーンで合唱指揮を行ないました。特にヴィーン・ジングアカデミーの演奏会では、バッハや16世紀のポリフォニー合唱曲などを多くプログラムに載せました。

"Warum ist das Licht gegeben " は1879年に作曲され作品74- 1として出版されました。この曲は演奏時間10分程度の曲ですが、ブラームスの宗教音楽としては「ドイツ・レクイエム」「四つの厳粛な歌」と並ぶ重要な曲です。

旧約聖書、新約聖書、そしてルターのコラールから選ばれた、「苦しむ者に安らぎたる死が与えられる」といった主題を形作るテキストの組み合わせは、ブラームス自身によるものです。

1曲目は全声部で歌われる'Warum?'(何故)という問いかけに続いて厳格なフーガが現われます。このフーガは後に出る声部がそれぞれ先行する声部より4度ずつ低い調になっていくという複雑なものです。 2・3曲目では先ほどのバッハのモテットのように次第に謎が説き明かされていくかのような展開が注目されます。そして終曲の四声体によるコラールは、ブラームスのこの曲の形式が、バッハの様式によっていることを明らかにしています。

ルターによって生まれたコラールがドイツ・プロテスタント教会の音楽の歴史を、その縦糸として、しっかりと結びつけている例のひとつの証明となることでしょう。



《オルガン曲》 渡部 聡

1608年、25歳の若さでローマのサン・ピエトロ大聖堂のオルガニストとなったフレスコバルディは、当時から鍵盤楽器の輝かしい大家としての名声を博し、その後の鍵盤音楽の発展に多大の影響を残しました。本日のオルガンソロの曲目は、フレスコバルディと、その直接、間接の弟子達の作品を集めてみました。

フレスコバルディの作品からは、即興的でファンタジーに富むトッカータと、オスティナートバスの上に変奏が展開されるパッサカリアを演奏します。

フローベルガーはヴィーンの宮廷オルガニストで、皇帝フェルディナント3世の奨学金を得てローマでフレスコバルディに師事しました。その後、ヨーロッパ各地を旅行し、特にフランスのクラヴサン楽派の様式による組曲も多数残しています。トッカータ第13番は、2つの対位法的な部分が大半を占め、即興的な部分の比重が後退しています。

ケルルはミュンヘンのバヴァリア選帝公の楽長で、やはりローマヘ留学し、カリッジミに師事しました。鍵盤音楽には、フレスコバルディ様式のトッカータやカンツォーナ等があります。 トッカータ第4番は、半音階や不協和音、繋留を多用した、聖体奉挙(エレヴァツィオーネ)のための楽曲です。

ムッファトはパリでリュリに、また、ローマでパスクィーニやコレッリに師事し、当時の音楽先進国フランスとイタリア両方の様式をドイツにもたらし、混合様式の基礎を築いた作曲家といえます。ヴィーンやアウグスブルクの宮廷で活躍し、オーケストラのための組曲や合奏協奏曲の他に鍵盤音楽でも優れた作品を残しています。チャコーナは「シャコンヌ」のイタリア語で、短い低音進行の定型が繰り返される上で変奏が展開されます。


【歌詞対訳】
                                
O barmherziger Vater おお慈悲深き父よ
O barmherziger Vater, おお慈悲深き父よ、
ich armer Sünder komm zu dir 哀れな罪人である私は、あなたのもとに行き、
mit herzlicher Reue 心より悔い改めます。
und tu dir einen dem tigen Fußfall, そしてあなたの足元に恭しく跪き、
ich bekenne meine Sünde. 私の罪を認めます。
O Vater! Erbarme dich meiner, o Vater! おお父よ、私を憐れんで下さい、おお父よ。
ich bitte dich, wende dich zu mir, お願いです、私の方を向いて下さい、
vergib mir meine Sünde und sei mir gnädig. 私の罪を許し、私にめぐみをお与えください。

Unser Vater in dem Himmel(Matth. 6, 9-13) 主の祈り(マタイ福音書第6章9-13節)
Unser Vater in dem Himmel, 天におられます私たちの父なる神よ、
dein Name werde geheiliget. あなたの名まえが崇められますように。
Dein Reich komme. Dein Wille geschehe あなたの王国が成立し、あなたの意志が、
auf Erden wie im Himmmel. 天国と同じように地上でも行われますように。
Unser täglich Brot gib uns heut. 私たちの日々の糧を今日私たちにお与えください。
Und vergib uns unsre Schulden, そして私たちの罪をお許しください、
wie wir unsern Schuldigern vergeben. 私たちも周りの罪人たちを許しますから。
Und führe uns nicht in Versuchung; そして私たちに試練を与えることなく、
sondern erlöse uns von dem Übel. 私たちを悪から解き放って下さい。
Denn dein ist das Reich und die Kraft なぜなら、あなたの王国、そして力、
und die Herrlichkeit in Ewigkeit. Amen. そして栄光は、永遠なのですから。アーメン。

Herr, auf dich traue ich 主よ、私はあなたを信頼します
Herr, auf dich traue ich, 主よ、私はあなたを信頼します、
laß mich nimmermehr zu Schanden werden. 二度と私が辛い目に会わないようにして下さい。
rrette mich, nach deiner Barmherzigkeit, 私をお助け下さい、あなたの慈悲のお心のままに、
und hilf mir aus. そして私を救いとって下さい。
Neige deine Ohren zu mir, und hilf mir. 私のいうことに耳を傾けて、私をお救い下さい。
Sei mir ein starker Hort, 私の、心強い拠り所となって下さい、
ein Hort, dahin ich immer fliehen möge, 私がいつでも難を避けることのできる拠り所に。
der du hast zugesaget mir zu helfen. あなたこそ、私を救うと約束して下さった方。

Die mit Tränen säen 涙をもって種蒔く者は
Die mit Tränen säen 涙をもって種蒔く者は
werden mit Freuden ernten. 喜びをもって収穫する。
Sie gehen hin und weinen 彼は出で行き、泣き、
und tragen edlen Samen, 大切な種を運び、
und kommen mit Freuden そして喜びをもって帰り来て
und bringen ihre Garben. 収穫の束をもたらす。

Verleih uns Frieden genädiglich 私たちに平安をおめぐみください
Verleih uns Frieden genädiglich, 私たちに平安をおめぐみください、
Herr Gott, zu unsern Zeiten, 主なる神よ。私たちのいまわの時にあたって、
es ist doch ja kein ander nicht, そもそもあなたの他には誰もいないのだから、
der für uns könnte streiten, 私たちのために戦うことのできる方は、
denn du, unser Gott, alleine. なぜならあなただけが私たちの神なのだから。

Der Geist hilft unsrer Schwachheit auf 御霊はわれらが弱きを助けたもう
Der Geist hilft unsrer Schwachheit auf. 聖霊が、私たちの弱さを助けてくれる。
Denn wir wissen nicht, was wir beten sollen, つまり、私たちは何を祈ればよいのか、
wie sich 's gebühret; どう祈ればよいのか、知らないのだが、
sondern der Geist selbst vertritt uns aufs beste 聖霊こそが最も良く私たちをとりなしてくれる、
mit unaussprechlichem Seufzen. 言葉にならない嘆息によって。
Der aber die Herzen forschet, ところが、人の心の内をお測りになる方は、
der weiß, was des Geistes Sinn sei, 聖霊の意図が何であるかを知っておられる。
denn er vertritt die Heiligen 聖霊は、聖らかな人たちをとりなしてくれる、
nach dem, das Gott gefället. 神様が気にいって下さるやり方で。
(新約、ロマ書、第8章第26-27節)
Choral コラール
Du heilige Brunst, süßer Trost, 聖なる炎であり、甘美な慰めであるあなたよ、
nun hilf uns, fröhlich und getrost どうか私たちをお助け下さい。ほがらかに安心して
in deinem Dienst best ndig bleiben, あなたにいつもお仕えすることができるように、
die Trübsal uns nicht abtreiben. 私たちが悲しみに打ちのめされないように。
O Herr, durch dein Kraft uns bereit おお主よ、あなたの力で私たちを高めて下さい、
und stärk des Fleisches Blödigkeit, 肉体をもつこの弱い存在を強めて下さい、
daß wir hie ritterlich ringen, 私たちがこの世で勇気をもって戦い、
durch Tod und Leben zu dir dringen. 生と死を通ってあなたのもとへと辿り着けるように。
Halleluja ! ハレルヤ!

Jauchzet dem Herrn alle Welt(Psalm 100) 全地よ、主を歓呼せよ(詩篇第100番)
Jauchzet dem Herrn alle Welt. 全世界の人々よ、主を歓呼せよ、
Dienet dem Herrn mit Freuden, 歓喜をもって主に仕えよ、
kommt vor sein Angesicht mit Frohlocken. 喜びにあふれて、主にまみえるために行け。
Erkennet, daß der Herr Gott ist. 主が神であることを知れ。
Er hat uns gemacht 主が私たちを作られたのであり、
und nicht wir selbst zu seinem Volk 私たちが自らの力で、主の民に、
und zu Schaafen seiner Weide. 主のまきばの羊になったのではないのだ。
Gehet zu seinen Thoren ein, 主の門の中へと入いれ、
zu seinen Vorhöfen, 主の家の前庭へと、
mit Danken und Loben, 感謝と賛美をもって、
danket ihm, lobet seinen Namen. 主に感謝し、主の御名を讃えよ。
Denn der Herr ist freundlich なぜなら、主は慈悲深く、
und seine Gnade währet ewig, そして主のめぐみは永遠であり、
und seine Wahrheit für und für. 主の真実はいつまでも変わることがないのだから。

Denn er hat seinen Engeln befohlen なぜなら彼は天使たちに命じて
(Psalm 91, 11-12) (詩篇第91番第11ー12節)
Denn er hat seinen Engeln befohlen über dir, なぜなら彼はあなたのために天使たちに命じた、
daß sie dich behüten auf allen deinen Wegen, 全ての道であなたを守るようにと。
daß sie dich auf den H nden tragen 天使たちはその手であなたを支え、
und du deinen Fuß nicht an einen Stein stoßest. そしてあなたの足が石に躓かないようにする。

Warum ist das Licht gegeben 何ゆえに光が与えられたのか
Warum ist das Licht gegeben dem Mühseligen, 何ゆえに光が苦しむ魂に与えられたのか?
und das Leben den betrübten Herzen? また、いのちが懊悩する心に与えられたのか?
Die des Todes warten und kommt nicht, 彼らは死を待ち望むが、死はやって来ない。
und grüben ihn wohl aus dem Verborgenen; 彼らは死を隠れたところから掘り出そうとさえする。
die sich fast freuen und sind fröhlich, 彼らは、ほとんど喜びさえし、楽しくさえなるのだ、
daß sie das Grab bekommen. みずからの墓を得たとき。
Warum? Und dem Manne, deß Weg verborgen ist, 何ゆえに?道が隠された人に、
und Gott vor ihm denselben bedecket. 神が蔽われたままである人にいのちが与えられたか?
(Hiob 3,20-23) (ヨブ記 第3章第20ー23節)
Lasset uns unser Herz samt den Händen aufheben 私たちは、両手とともに心をも挙げよう、
zu Gott im Himmel. 天にいます神に向かって。
(Klagel. .Jerem. 3,41) (エレミアの哀歌 第3章第41節)
Siehe, wir preisen selig, die erduldet haben. 見よ、私たちは耐え忍んだ人々を幸いなりと讚える。
Die Geduld Hiob habt ihr gehöret, あなたたちはヨブの忍耐のことを聞いたであろう、
und das Ende des Herrn habt ihr gesehen, そして主が最後になさったことを見たであろう、
denn der Herr ist barmherzig und ein Erbarmer. 主は慈悲深く、憐れみに富んだ方であるのだから。
(Jakobus 5,11) (ヤコブの手紙 第5章第11節)
Mit Fried und Freud ich fahr dahin, 平安と喜びをもって、私は赴きます、
in Gottes Willen, 神の御旨の中へと。
getrost ist mir mein Herz und Sinn, 私の心と感覚はなぐさめられ、
sanft und stille. 穏やかで平静です。
Wie Gott mir verheißen hat, 神が私に約束してくださったように、
der Tod ist mir Schlaf worden. 死は私にとって眠りとなりました。
(Choral , Martin Luther) (コラール、マルティン・ルター)

(つくば古典音楽合唱団訳)