第6回定期演奏会《ドイツバロックの葬送音楽》1992.7.3

<演奏者>
指揮 鈴木優 / ヴィオラ・ダ・ガンバ 中林径子 / オルガン 渡部聡 / 合唱 つくば古典音楽合唱団


<プログラムと演奏録音>

J.S.Bach (1685-1750) バッハ
Jesu, meine Freude    BWV227 イエスよ、わが喜びよ
   1. Choral “Jesu, meine Freude” 06-01.mp3 1:07
   2. Chor “Es ist nun nichts Verdammliches an denen” 06-02.mp3 2:45
   3. Choral “Unter deinen Schirmen” 06-03.mp3 1:08
   4. Chor “Denn das Gesetz des Geistes” 06-04.mp3 0:56
   5. Choral “Trotz dem alten Drachen” 06-05.mp3 2:14
   6. Chor “Ihr aber seid nicht fleischlich” 06-06.mp3 2:48
   7. Choral “Weg mit allen Schätzen!” 06-07.mp3 1:03
   8. Chor “So aber Christus in euch ist” 06-08.mp3 1:47
   9. Choral “Gute Nacht, o Wesen” 06-09.mp3
  10. Chor “So nun der Geist des” 06-10.mp3 1:28
  11. Choral “Weicht, ihr Trauergeister” 06-11.mp3 1:13
-休憩-
H.Schuez(1585-1672) シュッツ
Musikalische Exequien SWV279-281 『音楽による葬送』
 Teil I: Konzert in Form einer deutschen
Begräbnis-Missa  SWV 279
 第1部 ドイツ埋葬ミサの
形式によるコンチェルト
06-12.mp3 24:59
 Teil II: Motette  ”Herr, wenn ich nur
dich habe”  SWV 280
 第2部 モテット
《主よ、あなたさえ私にあれば》
06-13.mp3 3:16
 Teil III: Canticum Simeonis SWV 281  第3部 シメオンのカンティクム 06-14.mp3 6:39
Encore: Schuez, Selig sind die Toten, SWV391 06-15.mp3 4:00
Encore: Bach, Jesu, meine Freude, BWV227-1 06-16.mp3 1:15

<プログラムノート> 鈴木優

プログラム前半の J. S. バッハ(1685~1750)のモテット第3番「イエスよ、わが喜びよ」は、1723年 7 月18日にライプツィッヒ聖ニコライ教会で行われた、中央郵便局長未亡人ヨハンナ・マリーア・ケーゼの追悼礼拝の際に歌われるために作曲されました。

バッハの現存する6曲のモテットは、すべて祝典や葬儀のために依頼されて作られたものです。それらの依頼はバッハにとって貴重な臨時収入をもたらすものであったようで、友人にあてた手紙の中には「しかし、ひとたび健康な風が吹くと、反対に収入は減り、例えば昨年は、葬儀によってふだん得られる臨時収入を100ターラー以上も失った次第であります。」といった文面も残っております。

このモテットは、J. クリューガーが 1656年に作曲したコラール(ドイツ・プロテスタント教会の讃美歌)「イエスよ、わが喜びよ」による6節からなるコラール編曲の間に、おそらく故人の意志によって選ばれたであろう「ローマの信徒への手紙」第8章の詩句をテキストとする5曲の合唱曲をはさみ込んでいくという構成をとっています。 全曲は11の部分からなっているわけですが、第1曲と終曲が比är的単純な4声のコラール編曲であり、また第2曲を短縮したものが第10曲にあたるというように、中央に位置する第6曲のフーガを軸に完全な対称形を形作っています。

細部に目を向けますと、歌詩の言葉を象徴的に、あるいは絵画的に描写する音型が多用されています。例えば「霊」(Geist) という言葉には、肉体に制約されない自由さを表すかのように、柔軟なメリスマが与えられておりますし、「陰府の淵」 (Abgrund) という言葉では各声部が一気に下降する音型が歌われます。このような手法はルネサンスや初期バロックの主にマドリガーレなどで、頻繁に用いられましたが、バッハの時代に於いても、重要な音楽の発想法であったといえるでしょう。

*  *  *
プログラム後半の作曲家ハインリッヒ・シュッツ(1585~1672)は中部ドイツのケストリッツに生まれました。シュッツは当初両親の意志に従い法学博士を志しますが、ヘッセンのモーリッツ学問伯の熱心なすすめにより音楽家の道を歩みます。

当時のドイツの音楽家が皆そうであったように、シュッツもまた1609年にヴェネツィアへ行き、1612年までジョバンニ・ガブリエリに師事しました。

帰国後1617年にドレスデン宮廷礼拝堂の楽長となり、生涯この地位を全うします。

シュッツの後半生の真只中に30年戦争(1618~1648)がおこります。ある記録によれば 1800万人のドイツの人口が戦後 700万人になってしまったといわれています。

こういったきびしい時代にあって、シュッツの宮廷楽団も規模は縮小され、その質はみじめに低下していきました。本日演奏する Musikalische Exequien はそんな状況下で1636年に作曲されました。

この曲はシュッツの旧知であったハインリッヒ・ポストゥームス・フォン・ロイス公の依頼により成立したものです。ロイス公は自分の死の近いことを知り、自分の葬儀の段取りを自ら決めました。音楽も自らテキストを指定してシュッツに依頼したわけです。そのテキストは棺にも彫りこませたといわれています。

ロイス公の葬儀は1636年 2月 4日に行われ、この曲が演奏されたわけですが、ロイス公自身も生前にこの曲を試演させ、それを聴いたと伝えられています。

全曲は大きく3つの部分にわかれています。

第1部は「ドイツ埋葬ミサの形式によるコンツェルト」で、キリエとグローリアからなるドイツ・プロテスタント教会のミサ・ブレヴィスにかなうものです。この部分は、聖句を歌う独唱者群と合唱が交互に歌い交わしていきます。合唱は、キリエの部分ではドイツ語化された「主よあわれみたまえ」を歌い祈ります。 グローリアの部分では、独唱者の聖句に対してコラール編曲の合唱曲で答え、聖句を我々人間のレベルで解釈したり、集団的な祈願を捧げるといった構造になっています。

第2部は「モテット」で、二重合唱による8声部の合唱曲です。この曲のテキストである「主よ、あなたさえいれば」は、第1部でも歌われていますが、ロイス公が葬儀の際の説教のテーマとして指定したものです。

第3部の「シメオンのカンティクム」は、ロイス公の棺が実際に埋葬される時に作曲者自身の指揮によって歌われたと伝えられています。合唱団の歌うシメオンのカンティクムは、ルカ伝の中のエピソードで、主が使わす救い主に会うまでは死ぬことはないという聖霊のお告げを受けていた老人シメオンが、幼子イエスを腕に抱いて神をたたえた讃歌です。これに対して、2人のセラフィムと「幸福な魂」からなる第2のグループは、「主にあって死ぬ者は幸いなり」と歌い、肉体を離れて天国に至り天上の霊や天使たちと交わる幸福な魂を示しています。

有名な音楽学者であるアルフレート・アインシュタインは、シュッツを評して「知りうる限りのもっとも精神的な音楽家」と言っています。

シュッツの音楽が広く一般大衆に受け入れられるものではないことは、はっきりしています。しかし、永遠にその生命を持ち続けるであろうことも確かなことであると確信いたします。


【歌詞対訳】

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