第9回定期演奏会《クリスマス ア・カペラ コンサート》1995.12.16

<演奏者>
指揮 鈴木優 / オルガン 渡部聡 / 合唱 つくば古典音楽合唱団


<プログラムと演奏録音>

G. F. Haendel (1685-1759) ヘンデル
Orgel: Second Overture in Amadis オペラ「アマディージ」第2序曲 09-01.mp3 4:23
G. P. da Palestrina (1525-1594) パレストリーナ
Dies Sanctificatus 聖なる日 09-02.mp3 2:40
T. L .de Victoria (1548?-1611) ビクトリア
O Magnum Mysterium おお、大いなる神秘 09-03.mp3 2:52
J. Eccard( 1553-1611) エッカルト
bers Gebirg Maria geht 山を越えてマリアはゆく 09-04.mp3 2:35
G. Frescobaldi (1583-1643) フレスコバルディ
Orgel: Canzona prima カンツォーナ第1番 09-05.mp3 4:15
M. Praetorius (1571-1621) プレトリウス
Es ist ein Ros’ entsprungen 一本の薔薇が芽吹いた 09-06.mp3 2:05
S. Scheidt (1587-1654) シャイト
O Jesulein zart おお可愛いイエス 09-07.mp3 1:48
M. Praetorius (1571-1621)
& J. Walter (1490-1570)
プレトリウス
&ヴァルター
In dulci jubilo 甘き歓びのうちに 09-08.mp3 3:31
G. Frescobardi (1583-1743) フレスコバルディ
Orgel: Toccata prima トッカータ第1番 09-09.mp3 3:55
H. Distler (1908-1942) ディストラー
Ich brach drei d rre Reiselein 私は3本の枯れ枝を折り取り 09-10.mp3 1:47
H. Kaminski (1886-1946) カミンスキー
Maria durch ein Dornwald ging マリアはいばらの森を行った 09-11.mp3 1:58
M. Reger (1873-1916) レーガー
Unser lieben Frauen Traum 聖母さまの夢 09-12.mp3 2:14
G. Frescobaldi (1583-1643) フレスコバルディ
Orgel: Toccata quarta
(per l’organo da sonarsi alla levatione)
トッカータ第4番
(聖体奉挙のための)
09-13.mp3 6:33
G. Verdi (1813-1901) ヴェルディ
Pater noster 主の祈り 09-14.mp3 6:24
A. Bruckner (1824-1896) ブルックナー
Ave Maria アヴェ・マリア 09-15.mp3 3:35
Virga Jesse エッサイの若枝より 09-16.mp3 3:37
A. Corelli (1653-1713);
Bearb. Thomas Billington (1754?-1832)
コレッリ
編曲:ビリントン
Orgel: Pastorale
(from Concerto grosso Op.6-8)
パストラーレ
(合奏協奏曲 Op.6-8より)
09-17.mp3 3:35
Bearb. J. Langer (? – ? ) 編曲:ランガー
Still, o Himmel! 天よ、お静かに 09-18.mp3 2:38
Bearb. O. Jochum (1898-1969) 編曲:ヨッフム
O du fr hliche おお、楽しいクリスマス 09-19.mp3 2:50
F. X. Gruber (1787-1863) グルーバー
Die heilige Nacht きよしこの夜 09-20.mp3 2:55
Encore: きよしこのよる 09-21.mp3 5:16
Encore:Bruckner, Ave Maria 09-22.mp3 3:35

<プログラムノート> 鈴木優

本日皆様にお聴きいただくプログラムは、アドヴェント(待降節)とクリスマスに関する合唱曲で、主にドイツ・オーストリアの作曲家の手によるものです。キリスト教徒にとっての救い主であるイエス・キリストの誕生を祝うクリスマスにはドイツでも祝典的なミサが行われますが、それは教会の中で豊富に音楽を鳴り響かせる機会でもあります。本日のプログラムは各曲種ごとに、3曲づつをひとつのグループとして集め、5つのグループを作り、その間にオルガンの独奏曲を配しました。各グループは以下のようになります。

1.16世紀のポリフォニー様式によるモテット
2.ドイツに古くから伝わる聖歌の16~17世紀の編曲
3.19~20世紀の作曲家による、クリスマスに関する民謡の編曲、あるいは民謡にちなむ創作
4.19世紀の巨匠の手による宗教曲
5.今日一般に歌われるクリスマスの歌

*  *  *
冒頭のグループの3曲は、イタリア、スペイン、ドイツという異なった国の音楽家によるものです。ルネサンス音楽と私達が普通に考える時代区分のうち、15~16世紀前半はフランドル地方の音楽家達の力が支配的でした。彼らはフランスやドイツ、スペイン、イタリアなど各地の宮廷や大きな教会に職を得、当時のヨーロッパ音楽の主導的立場を築きました。しかし16世紀半ば頃より、フランドルの音楽家たちが極めたポリフォニーの技巧と各国の風土や民族的特徴が融合した音楽が成立してきます。そして16世紀末にはすでに音楽の中心地はイタリアに移り、17世紀にバロック様式の音楽を産みだすこととなります。

パレストリーナはローマ近郊のパレストリーナという所に生まれました。出身地の名前が本人の通称となってしまっているわけです。故郷でのオルガニストを皮切りに、1571年には聖ピエトロ寺院第2楽長の地位を得ました。パレストリーナの作品は、ポリフォニーを主体としながらも、常に落ち着いて安定した和声を保ち、また順次進行の多い穏やかな旋律線を常に保っています。やはりイタリアの大聖堂での礼拝にふさわしい音楽であるといえるでしょう。パレストリーナの音楽は19世紀に再評価が進み、その清純で透明なイメージから、カトリック教会の理想的な典礼音楽とされています。

ヴィクトリアはマドリッド西方のアビラ出身で、ローマに行きパレストリーナに師事しました。1587年以降はマドリッドに戻り、修道院で司祭、楽長として生涯を送りました。ヴィクトリアの音楽は、よくスペインの同時代人の画家であるエル・グレコの絵画とその共通性を認められるように、神秘性と表出力の強さにおいて16世紀の音楽としては比類のないものであると思われます。その表現力は既にルネサンスの枠を超えて、マニエリスムあるいはすでにバロック的であると言うことができるでしょう。同じ16世紀後半の音楽でありながら、客観的・保守的なパレストリーナと、主観的・表現主義的なヴィクトリアでは何と違った様相の音楽であることでしょう。

エッカルトはドイツ・テューリンゲン地方のミュールハウゼンに生まれ、ミュンヘンでラッソーに学んだ後、アウグスブルクのフッガー家、ケーニヒスベルクやベルリンで宮廷楽長を勤めました。” bers Gebirg Maria geht” はルカ伝第1章39節以下の、マリアのエリザベツ訪問のエピソードをテキストとしています。後半のリフレインの所はラテン語で「マニフィカート」と通称される部分を短縮したものです。イタリアやスペインといったラテン系の国の音楽と続けて聴いていただくと、ドイツの音楽の特徴がより一層はっきりとすることでしょう。前者の常に流線型を描くような旋律線に対して、少しゴツゴツとした旋律の動き。また、この曲ではすでに教会旋法ではなく今日的な機能和声による長調・短調の体系がはっきりしてきています。そのために特にバスの動きが和声の基礎の輪郭として設定されているのが目立ちます。

*  *  *
合唱音楽の歴史の中で、古くから伝わる民謡や宗教歌の旋律を合唱曲に編曲するという作業は重要な位置を占めています。ドイツに於きましても15世紀から、それこそ今日に至るまで、数多くの音楽家が民族の重要な財産である民謡に心のこもった編曲を残してきました。カトリック教会の古い聖歌である”Es ist ein Ros entsprungen”は、プレトリウスによる大変美しく、またつつましやかな編曲によって、今日でもなお、最も重要なクリスマスの聖歌としての地位を保っているといえるでしょう。プレトリウスはアイゼナッハ近郊のクロイツブルクに生まれ、プロテスタントの教会音楽家として数多くのコラール編曲を残しました。

“O Jesulein zart”は人々に微笑を誘うようなユーモアを湛えたテキストを持つ幼な子イエスに対する子守歌です。編曲者のシャイトはドイツのハレに生まれ、アムステルダムでスヴェーリンクの教えを受けた後、故郷で楽長として過ごし、オルガン曲や宗教曲に重要な仕事をしました。

歓喜の感情を舞曲的なリズムで歌い上げる”In dulci jubilo”の原曲は、すでに14 世紀の資料に見られます。この曲のテキストは、教会の公用語であるラテン語と俗語であったドイツ語とが混ぜ合わされています。本日の演奏では、1・3節をプレトリウスによる編曲、そして2・4節をヴァルターの編曲で演奏します。前者では旋律はソプラノに置かれ、後者ではテノールに置かれています。テノールに定旋律を置く方が16世紀前半までは一般的であり、ソプラノに置くのは新しい様式です。

ヴァルターは宗教改革の推進者であるルターの音楽的協力者であり、1524年にプロテスタント讃美歌の最初の多声編曲集を出版しました。

*  *  *
次のグループには19世紀末から今世紀前半にかけての3人のドイツの作曲家の作品を集めました。

“Ich brach drei d rre Reiselein”はわずか8小節の小品で4節のテキストを持つ有節形式をとっています。この曲に関しては資料を見つけることができなかったので、旋律とテキストが古くから伝承されてきたものであるのか、あるいはディストラーの創作によるのかは不明です。しかしこのテキストが、”Es ist ein Ros entsprungen” あるいは”Virga Jesse”と共通のテーマを持つことは明白です。ディストラーはニュルンベルグに生まれ、ベルリンで没した作曲家です。その創作では、合唱曲・オルガン曲といった教会音楽が最も重要な分野でした。

“Maria durch ein Dornwald ging”は、16世紀にはすでに成立していたことが推定される、ヘッセン地方アイヒスフェルトに伝えられた民謡です。やや哀愁を帯びた短調のこの旋律は1850年頃から全国的に広まって歌われるようになりました。編曲者カミンスキーは牧師である父と、オペラ歌手である母との間、オーバーライン地方のティーンガウに生まれ、まずハイデンベルクで経済を学んだ後、ベルリンでピアノと作曲を学びました。管弦楽曲、室内楽、合唱曲など多岐にわたる作品を残しています。

レーガーの作品で、今日最も親しまれているのは、何といっても「マリアの子守歌」でしょう。しかしながら、後期ロマン派を代表する作曲家の一人であるレーガーは、特に今日のオルガニストに重要なレパートリーを提供しております。また合唱曲の分野でも、宗教曲・民謡の編曲など、数多く残しております。”Unser lieben Frauen Traum” は作品138としてまとめられた、8つの宗教歌の中に含まれます。

*  *  *
19世紀イタリアを代表する作曲家ヴェルディは、そのオペラの中にも、「アイーダ」の凱旋の場に代表されるような、壮麗で効果的な合唱の場を創造しておりますし、「ナブッコ」の中の囚人の合唱「行けわが思いよ、黄金の翼にのって」はイタリアの第二の国歌とも呼ばれています。そして、ヴェルディは、「アイーダ」初演の1871年以降の後期の創作期に「レクイエム」(1873年)、「四つの宗教曲集」(1896-98年)、そして本日演奏いたします “Pater noster”(1880年)といった宗教曲の名品を残しました。この曲のテキスト「主の祈り」は特にクリスマスにちなんだものではありませんが、年間を通じてミサの中でとなえられる重要な祈りです。このテキストの出典はマタイ伝第6章9-13節によります。キリストが弟子たちの求めに応じて、このように祈るようにと、自ら弟子たちに教えた祈りです。ヴェルディは作曲にあたって、「神曲」で知られるフィレンツェのダンテによる14世紀のイタリア語訳を用いています。

来年没後100年を迎えるブルックナーは、その交響曲によって知られていますが、同時に19世紀のカトリック教会最高の作曲家であったことも、もっと認識されるべきことでしょう。少年期から青年期をリンツ近郊の聖フローリアン修道院で聖歌隊員、オルガニストとして過ごし、その後リンツ大聖堂さらにヴィーン宮廷礼拝堂のオルガニストも勤めます。死後は現在に至るまで、本人の希望によりその遺体が収められた石棺は聖フロリアン教会の大オルガンの下の地下墓所に置かれています。大規模な宗教曲としては、3曲の「ミサ」、「テ・デウム」、「詩篇150番」などがありますが、さらに多くの無伴奏あるいはオルガン伴奏によるモテットがあります。どれも深い敬虔な信仰心と高度な音楽性から生み出されたすばらしい作品であり、すべての合唱団が取り組むに値する価値を有していると思います。

“Ave Maria”はルカ伝第1章28・42節から成る「天使祝詞」による7声のモテットです。

“Virga Jesse”は1885年に作曲されましたが、すでに前年に交響曲第7番が初演されており、完全に後期の最円熟期の内容を持つ極めて完成度の高い曲となっています。テキストは旧約聖書の民数記第17章によっています。

*  *  *
最後に歌います3曲のうち、”Still, O Himmel”は、日本では知られておりませんが、南ドイツのバイエルンやオーストリアのチロル地方ではとても一般的な歌です。このテキストにはいくつかの異なる旋律が伝わっていますが、本日は最も素朴な味わいのあるチロルのヴィルトシェーナウに伝わるものを歌います。編曲者のランガーはチロルのアーヘンタールの村の教会の音楽家であると思われます。

“O du fr hliche”は日本でも讃美歌第108番「いざうたえ、いざ祝え」として知られています。原曲はイタリアのシチリア島から伝わったものと言われています。

“Stille Nacht”は、「聖しこの夜」として日本でも最も有名なクリスマスの歌でしょう。もともとは1818年のクリスマスにザルツブルグに近いオーベルンドルフという村で、助祭司のモールが詩を書き教師のグルーバーが曲をつけ、ギターの伴奏で歌ったものでした。この2曲の編曲者オットー・ヨッフムはアウグスブルクの「歌唱と音楽の学校」の創立に尽力いたしました。著名な指揮者オイゲン・ヨッフムは、その弟にあたります。


<オルガン曲> 渡部聡

ヘンデルの作品の中核を成すのはオペラやオラトリオ等の大規模な声楽作品ですが、これらの冒頭にある序曲(大抵の場合 緩-急-緩の構成を持つフランス風序曲)のみを集めて出版するということが、ヘンデルの生前から行われていました。また、これらの序曲を鍵盤楽器独奏用に編曲したものも数多く出版されています。この「アマディージ」第2序曲は、のちに合奏協奏曲Op.3-4の第1楽章としても再利用されています。

1608年、25歳の若さでローマのサン・ピエトロ大聖堂のオルガニストとなったフレスコバルディは、当時から鍵盤音楽の輝かしい大家としての名声を博し、彼のもとにはヨーロッパ各地から弟子が集まっていました。トッカータ、カンツォーナなど、伝統的な形式に基づきながらも、創意溢れる構成や独創的なフィギュレーションによって、この領域での新たな可能性を開拓したと言えるでしょう。本日演奏される3曲はいずれ 1627年に出版されたトッカータ集第2巻に収められています。

コレッリの作品は後期バロック器楽様式の規範としてヨーロッパ中に翻刻されて出回り、後の世代の多くの作曲家に影響を与えました。作品6は12曲から成る合奏協奏曲集ですが、その第8番は「クリスマス協奏曲」と呼ばれ、親しまれています。編曲者のビリントンはイギリスの作曲家で、1780~90年代に多くの歌曲を出版していますが、一方で、コレッリやジェミニアーニの協奏曲を鍵盤楽器のために編曲して出版しました。

本日使用のオルガンは草苅徹夫氏製作(1993年)の3列(8′ 4′ 2’)のポジティフです。


【歌詞対訳】

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