第17回定期演奏会《イタリア合唱音楽の系譜》2003.11.22

<演奏者>
演奏者】
指揮 鈴木優 / ソプラノ 山内房子 / ピアノ 中山ちあき / オルガン 渡部聡 / ヴィオラ・ダ・ガンバ 神戸愉樹美 / 合唱 つくば古典音楽合唱団


<プログラムと演奏録音>

Girolamo Frescobaldi (1583-1643) フレスコバルディ
Toccata prima (libro II) トッカータ第1番 17-1-01.mp3 4:24
Anonymus (15 c.) 作曲者不詳
Alta Trinità beata 高き至福の三位一体よ 17-1-02.mp3 1:31
Hieronimo Maffoni (16 c.) マッフォーニ
Quam pulchri sunt gressus tui そなたの足の何と美しいことか 17-1-03.mp3 2:35
Sebastiano Festa (16 c.) フェスタ
Angele Dei 神の御使いよ 17-1-04.mp3 3:06
Domenico Scarlatti (1685-1756) スカルラッティ
Sonata (Fuga) K.41 ソナタ(フーガ) 17-1-05.mp3 4:51
Claudio Monteverdi (1567-1643) モンテヴェルディ
Laudate pueri しもべらよ、主を讃めたたえよ 17-1-06.mp3 5:22
Gregorio Allegri (1582-1652) アレグリ
Miserere mei, Deus ミゼレーレ 17-1-07.mp3 7:26
Bernardo Pasquini (1637-1710) パスクィーニ
Pastorale パストラーレ 17-1-08.mp3 5:16
Giacomo Carissimi (1605-1674) カリッシミ
Nisi Dominus 主がお建てになるのでなければ 17-1-09.mp3 3:35
Pietro Paolo Bencini (1675-1755) ベンチーニ
Jesu, Redemptor Omnium イエス、万民の救い 17-1-10.mp3 7:25
-休憩-
Gioacchino Rossini (1792-1868) ロッシーニ
Petite Messe solennelle 「小荘厳ミサ曲」より
  Kyrie   キリエ 17-2-11.mp3 5:41
  Cum Sancto Spiritu   主は聖霊とともに 17-2-12.mp3 6:14
Giuseppe Verdi (1813-1901) ヴェルディ
4 Pezzi Sacri 「聖歌四篇」より
  Ave Maria   アヴェ・マリア 17-2-13.mp3 4:24
  Stabat Mater   スタバト・マーテル 17-2-14.mp3 11:21
Encore: Verdi ヴェルディ
Opera, Nabucco 歌劇『ナブッコ』より
  Va, pensiero, sull’ali dorate   往け、わが想いよ、金色の翼に乗って 17-2-15.mp3 4:01
Encore: Anonymus 作曲者不詳
Alta Trinità beata 高き至福の三位一体よ 17-2-16.mp3 1:29

<プログラムノート> 鈴木優

本日のつくば古典音楽合唱団第17回定期演奏会では「イタリア合唱音楽の系譜」と題しまして、15世紀から19世紀にかけてのイタリア合唱作品を演奏いたします。

ルネサンスの時代以来イタリアは、美術、建築、文芸などあらゆる芸術の分野で中心的役割を果たしてきました。音楽におきましてもイタリアは「歌の国」と称され、オペラをはじめとし、声楽曲の分野で全ヨーロッパ中に強い影響を及ぼしました。またカトリック教会の総本山であるローマのバチカンを中心として、教会音楽にも豊かな伝統があります。

アルプス以北に住む人々にとって、イタリアは、その豊かに降り注ぐ太陽の光、地中海やアドリア海の美しい景色、古代ローマ時代以来の遺跡や建築物などにより、常に大きな憧憬の対象でした。自身の旅行記を『イタリア紀行』として残しているゲーテは、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』という小説の中でミニヨンという少女に次のように歌わせています。

ご存知ですか、あの国を、レモンの花が咲き、
暗い葉陰に金色のオレンジが輝く国、
そよ風が青い空から吹き、
シルテが静かに、月桂樹が高くそびえる国、
あの国をご存知ですか?
あそこへ! あそこへ
あなたとご一緒に、おお私の愛する方、行きたいです。

当合唱団の演奏曲目はこれまでドイツ・オーストリア系のレパートリーにかたよってきたのですが、本日はゲーテにも負けない、大いなるイタリアに対する憧れを胸に抱いて、その合唱曲を演奏したいと思います。

*  *  *

「高き至福の三位一体よ」は15世紀の、おそらくラウダとよばれる宗教歌の旋律によっています。本日歌います四声部合唱のための編曲は19世紀のドイツ人によるものです。この曲はなぜかドイツの合唱団がとても好んで歌うもので、「合唱名曲選」のような本によく収められています。

続く2曲の16世紀前半に作曲されたモテットは、デンマークの音楽学者クヌートゥ・イエッペセンによって1962年に校訂、出版された『知られざるイタリアの16世紀前半の大聖堂の音楽』という楽譜集から見つけました。

ソロモンの雅歌をテキストとする「そなたの足の何と美しいことか」の作曲者イエロニモ・マッフォーニに関しては、その兄弟かあるいは親類であるバティスタが1513年の生まれであること、そして当人が1548年にブレスチアという町ですでに18年間にわたってオルガニストとして活動していたという記録があるだけです。

また「神の御使いよ」の作曲者セバスティアノ・フェスタは「16世紀初頭の興味深いマドリガーレの作曲者である」と評価されていますが、生没年などは不明です。その生涯については1520年にモンドヴィの司教の下に仕官したということだけが知られています。

このように、今日ではほとんど名前の知られていない作曲家によるモテットですが、お聴きになれば、その音楽水準の高さに驚かれることでしょう。

「しもべらよ、主を讃めたたえよ」は1567年クレモナに生まれ、1643年にヴェネツィアで没した音楽史上最大級の巨匠のひとりクラウディオ・モンテヴェルディによるものです。

モンテヴェルディは当時「第一の作法」と呼ばれた伝統的なポリフォニーの技巧と「第二の作法」と呼ばれた、独唱、独奏、合唱、合奏が自由にかけ合いをする「協奏様式」という新旧二つのスタイルを自在に用いて、多くのマドリガーレや教会音楽を作曲しました。また当時生まれたばかりの「オペラ」というジャンルにおいても、21世紀に生きる私たちにも大きな感動を与えるすばらしい作品を残しています。

詩篇第112篇(ヴルガータ版。現行版では、第113篇)をテキストとする「しもべらよ、主を讃めたたえよ」は1651年に出版された遺作集に収められた5声部の合唱と通奏低音のためのモテットです。このモテットは保守的なポリフォニーの様式で作られていますが、次々とあらわれる変化に富んだ楽想の豊かさ、そして全体の構成の完璧さなど、モンテヴェルディの音楽の魅力を十二分に味わうことができる作品といえるでしょう。

曲にまつわるエピソードで有名な「ミゼレーレ」の作曲者グレゴリオ・アレグリは1582年ローマに生まれ、少年聖歌隊員となった後、去勢手術を受けカストラート歌手となり、1629年から亡くなる1652年まではローマ教皇の礼拝堂歌手でした。「ミゼレーレ」は当時、その美しさゆえ、ローマ教皇のシスティーナ礼拝堂だけで歌われる、門外不出の曲でした。しかし1770年ローマを訪れた14歳のモーツァルトがこの曲を聴き、宿に帰って楽譜に書き取ってしまったというエピソードが伝わっています。この曲のテキストは詩篇第50篇(第51篇)という少々長いものであり、音楽的には繰り返しが多いため本日の演奏では約1/3をカットいたします。このような神を畏れぬ所業をどうかお許し下さい。

詩篇第126篇(第127篇)をテキストとする五声部の合唱と通奏低音のためのモテット「主がお建てになるのでなければ」は、とりあえずジャコモ・カリッシミの作と伝えられておりますが確証はありません。この曲は1670年に成立したカリッシミの作品と考えられるものを集めた写本中に収められています。本日使います楽譜の校訂者も「この作品の音楽語法はカリッシミよりも、彼より若い世代の同時代のイタリアの作曲家のものに適合する」と述べています。ちなみにカリッシミは1604年ローマ近郊マリーノに生まれ、1674年ローマで没します。1629年からローマの聖アポリナーレ教会楽長を勤め、多くの教会音楽を作曲し、特にそのオラトリオで名を知られています。

前半の最後はソプラノ独唱、四声部の合唱、通奏低音によって、ピエトロ・パオロ・ベンチーニの「イエス、万民の救い」を演奏いたします。ベンチーニは1675年頃に生まれ、1755年に亡くなるまでローマで活動した教会音楽家です。この曲はクリスマスのための讃歌で、終始8分の12拍子のシチリアーノと呼ばれる舞曲のリズムが使われています。このリズムは羊飼いを連想させ、メサイアやコレッリのクリスマス協奏曲などにも使われています。ソプラノ独唱とホモフォニックな合唱が交互に愛すべきメロディーを歌い交わしていきます。

*  *  *

イタリア音楽にとっての19世紀は、オペラ一色に彩られた世紀であったと言っても過言ではないでしょう。本日のプログラムの後半ではイタリア・オペラの象徴である二人の巨匠の宗教音楽を演奏いたします。

ジョアッキーノ・ロッシーニは1792年ペーザロに生まれ、1868年にパリでその76年間の生涯を閉じました。ロッシーニは「アルジェのイタリア女」や「セビリアの理髪師」などのオペラ・ブッファ、「タンクレーディ」に代表されるオペラ・セリア、そしてグランド・オペラである「ウィリアム・テル」といったように、あらゆる様式のオペラでイタリア国内からウィーン、パリをはじめとしてヨーロッパ中を席巻しました。19世紀前半にロッシーニは間違いなくヨーロッパで最も人気のある作曲家でした。ロッシーニは、39曲のオペラを作曲しましたが、それらはすべて1810年から1829年の間に集中して書かれました。そして36歳から後の40年間は引退して年金生活者となり、新しいオペラを作ることはありませんでした。ロッシーニ自身は皮肉をこめて「私は怠けるという情熱の虜になってしまったのだ」と語ったと伝えられています。しかしながらロッシーニは、その後半生に二つの宗教音楽の大作を残します。一曲は1842年の「スタバト・マーテル」そして死の4年前に完成したのが、本日その一部を演奏する「小荘厳ミサ曲」です。

このミサ曲はロッシーニの友人の銀行家である貴族が、自宅内に建てた礼拝堂の献堂式のために作曲を依嘱しました。「小荘厳ミサ曲」と名付けられていますが、全曲を演奏すると70分を要する大曲です。本日は冒頭の「キリエ」と「グローリア」の終結部である「主は聖霊とともに」のフーガを演奏します。このフーガはドイツ系の作曲家の厳格なフーガとは別な性質の音楽ですが、ロッシーニの音楽のどのような点が、当時の聴衆を(そして今日の聴衆をも)熱狂させたかを雄弁に物語ってくれることでしょう。尚、この曲の伴奏は本来2台のピアノとハルモニウムのために書かれていますが、本日は1台のピアノとポジティフオルガンで演奏いたします。

*  *  *

19世紀最高のイタリアの作曲家といえば、だれでもジュゼッペ・ヴェルディの名前を思いうかべることでしょう。ヴェルディは1813年、パルマ公国のブッセート近郊のレ・ロンコンという村に生まれました。ヴェルディの人生のスタートは必ずしも順調なものではなく、希望したミラノの音楽院には入学することができませんでした。また私生活面でも1838年に娘を、そして翌年には息子をなくしました。さらに1840年には喜歌劇「一日だけの王様」を作曲中に、妻が病死するという不幸に見舞われました。このオペラは当然不評で、ヴェルディは失意の日々を送ることとなります。しかし、1842年に初演された「ナブッコ」は大きな成功を収め、ヴェルディは自分の様式を確立しました。この成功によってヴェルディは多くの作曲の依頼を受けることになり、多忙な創作活動をします。1850年代に入ると中期の傑作である「リゴレット」「トロヴァトーレ」「椿姫」が次々と完成します。この時期を回想してヴェルディは「『ナブッコ』以来、私にはいっときの休みもありません。16年間の苦役です」と語っています。この後「ドン・カルロ」「アイーダ」を作曲した後、70年代に入っても「レクイエム」、そしてシェークスピアによる「オテロ」に着手します。そして最後のオペラ「ファルスタッフ」を完成させたのは1893年のことでした。このようにヴェルディは50年以上に渡る長い創作期間に、改作を除くと27のオペラを書きました。すべてのオペラを書き終えた後、最後に作曲されたのが『聖歌四篇』です。この曲集は「アヴェ・マリア」「スタバト・マーテル」「聖母への賛歌」「テ・デウム」の四曲で構成されています。本日は前半の二曲を演奏いたします。

聖母祝詞による「アヴェ・マリア」は1889年に作曲された無伴奏の四声部のための合唱曲です。この曲では「謎の音階」と呼ばれる、C・Des・E・Fis・Gis・Ais・H・Cという上行形とC・H・Ais・Gis・F・E・Des・Cという下行形の音階を定旋律として作曲されています。十字架にかけられたイエスの下で悲しむマリアによせる祈りである「スタバト・マーテル」は1898年に完成しました。その前年に妻ジュゼッピーナを亡くしたヴェルディの生涯最後の作品です。本来は大規模なオーケストラと混声合唱のための作品ですが、本日はピアノ伴奏によって演奏いたします。そして、その3年後ヴェルディはミラノで脳卒中に倒れ1901年1月27日に亡くなりました。ミラノ全市が喪に服し、盛大な葬儀がおこなわれました。

このように奇しくも、オペラによって最高の名声を手に入れた2人の巨匠が、すべてのオペラの創作を終えた後に、生涯最後の作品として宗教音楽を書き残したということは非常に興味深いことであると思います。二人の巨匠の最高に円熟した作曲技法の境地、そして、おそらく死を意識したであろう老境にあっての宗教的精神の産物であるこれらの音楽を、今夜聴衆の皆様と共に味わってみたいと考えます。


<オルガン曲> 渡部聡

本日は、イタリア・バロックの初期、中期、後期をそれぞれ代表する鍵盤音楽作曲家3人の作品を集めました。

フレスコバルディはローマのサンピエトロ大聖堂のオルガニストを勤め、鍵盤のヴィルトゥオーゾとして名声を博しました。特に即興的でファンタスティックなトッカータの様式を確立し、その後のイタリアのみならずヨーロッパ全体の鍵盤音楽に大きな影響を残しました。

ドメニコ・スカルラッティはバッハ、ヘンデルと同年生まれですが、ポルトガル王女(のちのスペイン王妃)の音楽教師、チェンバロ奏者として活躍し、500曲以上の鍵盤ソナタを残しています。その大半はチェンバロのためのものですが、いくつかのソナタにはオルガンで演奏するための指示があり、また、オルガンで弾いても効果的である曲も少なくありません。このソナタ K.41 は二重フーガの形式をとっています。

パスクィーニはフレスコバルディとスカルラッティのちょうど中間の世代を代表する作曲家です。ローマを中心に活躍し、オペラ、オラトリオの他に多くの鍵盤曲を作曲しています。ヴァイオリン音楽におけるコレッリと同様、初期・中期バロックの様式を集大成して後期バロックの手本となってゆく重要な足跡を残しました。パストラーレはクリスマスに奏される、羊飼いの民族楽器のスタイルを模した楽曲です。

使用楽器は、草苅徹夫1993年作のポジティフオルガンです。小さな本体の中に 8′ 4′ 2′ の3列、約150本のパイプが収められ、椅子の中にある送風機からダクトで風を送っています。


【歌詞対訳】

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