第36回定期演奏会《バッハ初期の教会カンタータ》 2023.11.23

<演奏者>
揮揮 鈴木優/アルト 紙谷弘子/テノール 谷川佳幸/バリトン 室岡大輝/コンサート・ミストレス 神戸愉樹美/オーケストラ つくば古典音楽合奏団(リコーダー 大竹尚之、根岸基夫; オーボエ 北 康乃; ファゴット 永谷陽子; ヴァイオリン/ヴィオラ・ダ・ガンバ 神戸愉樹美; ヴァイオリン 須賀麻里江; ヴィオラ 小林瑞葉、春木英恵; ヴィオラ・ダ・ガンバ 小澤絵里子; チェロ 豊原さやか; コントラバス井上 陽; オルガン 渡部聡)/合唱 つくば古典音楽合唱団


<プログラムと演奏録音>

Johann Sebastian Bach (1685-1750) ヨハン・セバスティアン・バッハ
Kantate: Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit, BWV106 カンタータ106番: 神の時こそいとよき時
1. Sonatina ソナティーナ(器楽合奏) 36-01.mp3 2:31
2.a. Coro 合唱 36-02.mp3 2:08
2.b. Solo(Tenore) テノール独唱 36-03.mp3 14:25
2.c. Solo(Basso) バス独唱
2.d. Coro 合唱
3.a. Solo(Alto) アルト独唱
3.b. Solo(Basso)&Corale バス独唱&コラール(女声合唱)
4. Coro 合唱 36-04.mp3 3:24
Johann Sebastian Bach (1685-1750) ヨハン・セバスティアン・バッハ
Kantate: Aus der Tiefen rufe ich, Herr, zu dir, BWV131 カンタータ131番: 主よ、深い淵の底からあなたに叫びます
1. Sinfonia e Coro シンフォニアと合唱 36-05.mp3 10:05
2. Aria con Corale アリア(バス・ソロ)とコラール(合唱)
3. Coro 合唱 36-06.mp3 3:52
4. Aria con Corale アリア(テノール・ソロ)とコラール 36-07.mp3 5:37
5. Coro 合唱 36-08.mp3 5:10
Johann Sebastian Bach (1685-1750) バッハ
Kantate 182: Himmelkonig, sei willkommen, BWV182 カンタータ182番: 天の王よ、汝を迎えまつらん
1. Sonata ソナタ 36-09.mp3 2:03
2. Chorus 合唱 36-10.mp3 3:57
3. Recitativo (Basso) レチタティーヴォ 36-11.mp3 0:48
4. Aria (Basso) アリア 36-12.mp3 3:04
5. Aria (Alto) アリア 36-13.mp3 7:42
6. Aria (Tenore) アリア 36-14.mp3 4:00
7. Corale コラール 36-15.mp3 3:59
8. Chorus 合唱 36-16.mp3 4:36

<プログラムノート> 鈴木優

本日はお忙しい中、つくば古典音楽合唱団 第36回定期演奏会にご来場いただき、ありがとうございます。当合唱団は新型コロナ感染症の影響により2020年には演奏会の開催を休止いたしました。しかし2021年および2022年にはそれぞれ1曲のヨハン・セバスティアン・バッハ (Bach, Johann Sebastian 1685-1750)のカンタータを中心とした演奏会を行うことができました。今年に入りようやく新型コロナウイルス感染症の猛威も幾分弱まってきたようです。ここで私たちが様々な制限の中で貫き通してきたこの4年間のコロナ期の活動の集大成として「バッハ 初期の教会カンタータ」と題した演奏会を皆様にお聴きいただきたいと思います。2021年に演奏したカンタータ第182番「天の王よ、汝を迎えまつらん」、2022年に演奏した第131番「主よ、深い淵よりわれ汝に呼ばわる」、そして1989年および2007年に演奏した第106番「神の時こそいと良き時」を加えての3曲を演奏します。この困難な4年間でも衰えることがなかった合唱団団員の音楽に対する情熱の記念として、そしてこの間にもご共演いただいたすばらしい音楽家の皆さん、およびいつも私たちをサポートし続けて下さっている聴衆の皆さんに対しての感謝として本日の演奏会を開催したいと思います。

ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Beethoven, Ludwig van 1770-1827)はヨハン・セバスティアン・バッハについて「バッハは小川ではなく大海である(Nicht Bach, Meer sollte er heißen.)」という名言を残しています。ドイツ語でバッハ(Bach)という言葉は「小川」という意味ですが、この名言は単なる駄洒落ではなく、それ以前の音楽の様式がすべてバッハに流れ込んでおり、バッハの音楽はそれを受け止め統合した大きな海のような存在であると解釈されてきました。音楽史上の大きな到達点であるとお考え下さい。

最初にバッハの生涯についてまとめておきたいと思います。バッハは1685年3月21日に中部ドイツの小都市アイゼナッハで音楽家の家系の一族に生まれました。15歳の年である1700年にはリューネブルクの聖歌隊員となり、寄宿学校で学びます。卒業後1703年にアルンシュタット、1707年にはミュールハウゼンのオルガニストに採用されています。1707年10月17日にバッハはマリーア・バルバラ(Bach, Maria Barbara 1684-1720)と結婚しました。バッハの最も初期のカンタータはこの時代に作曲されています。この間、1705年10月よりリューベックに滞在しブクステフーデのオルガン演奏や教会音楽に大きな影響を受けました。この滞在は当初4週間の予定でしたが、結局は4ヶ月に及ぶものとなりました。1708年~1717年はヴァイマールで宮廷オルガニストと楽師長を務めます。この時代までに58曲のカンタータが残されています。1717年~1723年にはライプツィッヒ北西50kmのケーテンの宮廷楽長の地位にあります。ケーテンの領主レオポルド公(Leopold von Anhalt-Köthen, 1694-1728)は音楽を好み、宮廷楽団も水準の高いものでした。バッハは楽団の名手たちのために「ブランデンブルク協奏曲」をはじめとする多くの器楽曲を作曲しました。このケーテン時代はバッハの人生の上ではとても幸福な時代であったとされています。しかし、1720年7月に妻バルバラが4人の子供を残して急死します。そしてバッハは翌年の1721年12月3日に宮廷ソプラノ歌手で20歳のアンナ・マグダレーナ・ヴィルケ(Wilcke, Anna Magdalena 1701-1760)と再婚しました。バッハはアンナ・マグダレーナとの間に13人の子供をもうけましたが、成人したのは6人だけでした。同じ頃レオポルド公も再婚をするのですが、新しい后妃が音楽嫌いであったためバッハは転職を考えます。そして1723年にトーマス教会カントルに就任しました。バッハは市内の4つの教会のために作曲し、それを練習して演奏する上に教会付属学校の教師としての職務もこなすという多忙な日々を送ります。その中で最初の1年間になんと約50曲の新作のカンタータを演奏しています。その後も晩年に至るまでバッハの創作は続きます。1747年にはフリードリッヒ大王(Friedrich II. 1712-1786)の主題による「音楽の捧げ物」、1749年にかけて「ミサ曲ロ短調」、「フーガの技法」といった集大成的な作品がまとめられます。1750年3月に白内障の手術を受け、これ以降バッハは視力を失います。7月18日に一時的に視力が回復しますが直後に卒中の発作がおこり、10日後の7月28日に65年の生涯を閉じました。「故人略伝」(息子エマーニエル(Bach, Carl Philipp Emanuel, 1714-1788)らによるバッハの年代記)には「バッハは救い主の功徳を願いつつ平穏かつ浄福に世を去った」と記されています。

バッハは約300曲の教会カンタータを作曲したとされていますが、今日には195曲が伝えられています。本日演奏いたします3曲のカンタータはいずれもバッハが20歳代の初期のカンタータです。ドイツではマルティン・ルター(Luther, Martin 1483-1546)により16世紀に宗教改革が行われ、それ以降ドイツ国内ではカトリック教会(主に南ドイツ)とルター派教会の2つの教会(主に北ドイツ)が並立します。バッハはルター派教会の信仰を持っていたので、その礼拝のための音楽を作曲しました。カンタータはその中心となるもので、毎週日曜日の礼拝あるいは宗教的行事の内容にふさわしい歌詞を用い、合唱および独唱、そしてオーケストラによって演奏される音楽です。

カンタータ第106番「神の時こそいと良き時(Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit BWV106)」は、バッハの最初期のカンタータです。ミュールハウゼン時代の1707年に母方の伯父の葬儀のために作曲されたと伝えられており、バッハが22歳の時の作品と言うことになります。編成は2本のアルトリコーダー、2つのヴィオラ・ダ・ガンバ、通奏低音(チェロ、コントラバス、オルガン)、アルト、テノール、バス独唱、4声部の合唱です。
第1曲は「ソナティーナ」と題された器楽による前奏曲です。2本のリコーダー、2つのヴィオラ・ダ・ガンバという古典派以降のオーケストラでは用いられなくなった楽器による響きが印象的です。
第2曲は合唱~テノールとバスの独唱によるアリオーゾ~合唱と続く楽章で、歌詞の内容に対応して拍子とテンポが変化していきます。バッハの後のカンターではレチタティーヴォとアリアというように定型化した形式が多くみられますが、初期のカンタータでは後の形式と異なり、とても自由にかつ柔軟に楽想を変化させていきます。
第3曲ではアルト独唱によって詩編31:5「わが霊を汝の御手に委ねる」(前半部分は十字架上のキリストの最後の言葉)のテキストが歌われ、引き続きバスの独唱によって、十字架上のキリストが隣で磔になっている罪人に語った言葉「今日、汝はわれとともにパラダイスに在るべし」が歌われます。それにコラール(ルター派教会の賛美歌)「平安と歓喜をもってわれは往く」が単旋律で合唱により唱和されます。
終曲である第4曲では力強く、賛美歌「栄光、賞賛、誉れと栄華が」が歌われた後、アーメンの二重フーガによって全曲が締めくくられます。

カンタータ第131番「主よ、深い淵よりわれ汝に呼ばわる(Aus der Tiefen rufe ich, Herr, zu dir BWV131)」はミュールハウゼン時代の1707年あるいは1708年に作曲されました。BWV106と並んでバッハのもっとも初期のカンタータです。この曲はバッハにとって悔い改めの礼拝で演奏されたと推測されています。歌詩はルター訳による詩編第130編とリングヴァルト(Ringwaldt, Bartholomäus c.1532-c.1599)によるコラール「主イエス・キリスト、至高の宝(Herr Jesu Christ, du höchstes Gut)」が組み合わされています。編成はオーボエとヴァイオリン、2つのヴィオラ、通奏低音(ファゴット、チェロ、コントラバス、オルガン)アルト、テノール、バス独唱、4声部の合唱です。
第1曲はオーケストラによるシンフォニアと合唱により「深い淵より主を呼ぶ私の声に耳を傾けて下さい」という祈りを歌います。詩編はユダヤ教およびキリスト教の聖典中の神への賛美の詩であり、ここにはユダヤ民族の建国と離散の苦難の歴史も込められています。紀元前13世紀「出エジプト」、紀元前10世紀にはヘブライ王国を建国して繫栄するものの、紀元前586年にはバビロン捕囚、紀元前722年にはアッシリア捕囚、紀元前538年にエルサレム帰還するも66年~73年および132年~135年の第1次および第2次ユダヤ戦争での敗戦によってユダヤ人は離散を命じられます。その後の建国は1948年という事になります。ドイツに於いてもバッハの一世代前の1618年~1648年の30年戦争の時などは、この祈りはとても切実なものであったことでしょう。
この祈りは連続して演奏される第2曲ではバス独唱により詩編を歌詞として主の裁きと赦しが歌われ、合唱によるコラール斉唱が神の贖いと赦しを歌います。
第3曲ではホモフォニックな導入部に続いてフーガに移行します。この部分では異なる様式の音楽が重層的に進行します。合唱のフーガはルネサンスの声楽ポリフォニー音楽、器楽の低音部は通奏低音様式、オーボエによるオブリガートは盛期バロックから古典派に至る多感様式といったように、異なる様式の音楽が同時に響きます。ベートーヴェンの「バッハは小川ではなく大海だ」という言葉を体現している音楽ではないでしょうか。
第4曲ではテノール独唱により詩編中の夜明けを待つ夜警の歌が歌われ、そこに合唱によるコラールが罪の贖いを希望する心を唱和します。
第5曲ではプレリュードとフーガの形式を用いて、悔い改めを通じての将来への希望を歌い、全曲の終結を教会旋法によるフリギア終止で締めくくっています。

カンタータ第182番「天の王よ、汝を迎えまつらん(Himmelskönig, sei willkommen BWV182)」はバッハがヴァイマールの楽師長に就任して後、最初のカンタータとして1714年に作られました。本日の演奏ではのちにライプツィッヒで再演するために1724年に改訂を施したライプツィッヒ第1稿を用います。編成はリコーダー、ヴァイオリン、2つのヴィオラ、通奏低音(ファゴット、チェロ、コントラバス、オルガン)アルト、テノール、バス独唱、4声部の合唱です。この曲は「棕櫚の日曜日」のためのカンタータです。「棕櫚の日曜日」はイエスが十字架上での死を迎える聖金曜日、そしてその3日後の復活に先立つ聖週間の最初の日です。
第1曲は、ろばに乗ってエルサレムにやってくるイエスの様子を描写したオーケストラによるソナタです。
第2曲はイエスの到着を歓迎する人々の喜びの合唱です。このカンタータの歌詞はヴァイマールの教会監督会書記であり宮廷詩人であるザロモン・フランク(Franck, Salomon 1659-1725)によります。  
第3曲はバス独唱によるレチタティーヴォです。ここではイエス自身がなぜエルサレムにやってきたのかを語る所信表明演説を行っています。
第4曲は引き続きバス独唱によるアリアです。これはイエスの言葉ではなくキリストを信じる者の代表者による賛美の歌と言えます。
第5曲はリコーダーのオブリガート付きのアルト独唱のアリアで、キリスト者としてどのように生きるべきかを歌います。
第6曲はテノール独唱のアリアです。イエスに対して「いつでも私を連れて行ってください、そして私があなたを裏切らないようにして下さい」と切実に訴えます。
第7曲は合唱によるコラール楽章です。ソプラノがコラールの旋律を歌い、他の3声はフーガを形づくります。歌詞の内容はイエスの受難が私にとってどのような意味を持つかを歌います。
終曲である第8曲は受難を通じてのイエスに対しての信仰とイエスに従って行こうという意思を舞曲風の3拍子の明るく喜ばしい音楽によって歌います。

本日は古楽器によるオーケストラと共にA=415Hzのピッチで演奏いたします。これは現代における古楽器によるバロック音楽演奏の標準的なピッチです。ちなみに現代の標準ピッチA=440Hzは1939年にロンドンでの国際会議で決められたものです。


【歌詞対訳】

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